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『仮面ライダーアマゾンズ 最後ノ審判』の疑問点と解釈(考察)

アマゾンズa
『仮面ライダーアマゾンズ THE MOVIE 最後ノ審判』Amazonプライムビデオの見放題に追加されたので、視聴しました。
本編と合わせるといくつかの疑問点が出てきたので、筆者の解釈と共に書き出してみました。
本映画は一部グロテスクなシーン等もありますので、視聴する場合は注意です。

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●ネオアルファって結局なんだったの?

たぶんシグマプロジェクトの産物。

立場としては、橘局長が用意した切子聖園の管理人兼防衛戦力。
施設のアマゾンを「生産」および管理する事が主な任務。
脱走したり肉食化してしまったアマゾンを始末するのも彼の役目。

一番の疑問、彼が真実「人間」であったのかどうかは不明。
登場人物の言葉を信じるなら、「純粋な人間のままアマゾンの力を扱える人間」ということになるが…。
人間のままアマゾンと同様の能力を使える技術が開発された?

あるいは、彼自身は仁と同様のアマゾン細胞注入型の人間で、遺体が溶解せずに残っているのを見た悠が、彼が純粋な人間であると勘違いした可能性もある。
実際、後で死んだ仁の遺体も溶解せず残っていた。
仁は悠の問いを否定しなかったが、性格上あの場で否定する理由も無いだろう。

●お前はアマゾンの匂いがするとか言ってたけど…

「積極的にアマゾンを生み出す人間がいたらどうすんの?」という、仁の信念の矛盾に対する答えだと思われる。
実際、「(俺と同じ)アマゾンの匂いがする」という意味を含んでいるのだろう。

そもそも仁がアマゾンを狩る理由は自分がアマゾン細胞を創ったことに対する罪滅ぼしであり、いずれは自分自身も始末するつもりでいた。
それなのに、自分がアマゾンを滅ぼそうとした行動が裏目に出て周囲の人々が不幸になったり、新たなアマゾンが次々生まれるような状態が続いていた。

精神的におかしくなっていったというのもあるだろう。

そんな中で、自分を辱めた上に、かつての自分と同じ事してて悪びれない奴がいたら、ああなるのも当然だ。

●そもそもアマゾンを畜産とか現実的なのか?

漏洩などのリスクも考えると、実際コストに見合うようなものではなかったと思われる。

劇中だとまだ実験段階で、富豪向けビジネスという感じだった。
橘局長の言うところによるとあくまでビジネスであり、食料問題の解決とかは方便だった可能性が高い。
(実態としては人肉食の代替にしていたような節が…。)

また、アマゾンは死亡すると即座に溶解してしまうので、食肉化するにはこの問題を解決する必要がある。
溶原性細胞アマゾンならば形状を保てるが、さすがに使っていないだろう。
生きたまま調理されたという可能性もあるが、劇中ではステーキとして供されており、これはちょっと考えにくい。
劇中の描写を信じるなら、変身前か覚醒前のアマゾンならば溶解しないというのが正しいか。
あるいは特殊な薬品で処理するとか。…まがりなりにも食肉なんですがそれは…。

過去にあったアマゾンの心臓をむさぼるシーン等も考えると、何らかの条件はあるのだろう。

●ニューオメガ弱かったのなんで?

悠は孤立無援の逃亡生活を続けていたため、ろくなもん食ってなかったのだろう。
切子聖園に拾われた際も、野菜とパンしか食わせてもらえなかった。
アマゾンの戦闘力は栄養状態、特にタンパク質の摂取に大きく左右されるため、悠は本来の力を出せなかったと考えられる。
ハンバーガー1個で全快する悠がそのような状態になるほど、逃亡生活は過酷を極めていたのだ。

仁との決戦時は事前にムクを食っていたため、通常のオメガでもアルファと互角に戦うことができた。(仁が消耗していたのもあるが)
幽閉されていた仁に関しては、死なれてしまっては困るので定期的に栄養を与えられていたと思われる。(血を飲ませる儀式があったが、あれが全部ということはないだろう)

●悠と仁の「一線を超えた」とは?

仁は、人間である(と悠は思っている)ネオアルファ・御堂を殺害したこと。
悠は、ムクを捕食して自らの血肉としたこと。
ムクはアマゾンだが、悠は「(人間でもアマゾンでも)狩るべきものは狩り、守りたいものは守る」という意志の下で生きているため、死にかけとはいえ「守りたいもの」だったムクを捕食したことは一線を超えたと言える。

こんなところでしょうか。
設定的な突っ込み所もいくつかありましたが、筆者自身は良い作品だったと思っています。

筆者はアマゾンズが初めて見た仮面ライダーだったので、他の作品も機会があれば見てみたいと思います。



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